謹賀新年

201511

新年 明けまして おめでとうございます。今年のブログは歯科情報をもう少し分かり易く読者に提供していきたいと思います。私自身、至らない所がありますが、Guestの Total Well? Being(身体的にも精神的に健康)で在る事を目標にして、頑張りたいと思います。本年も宜しくお願い申しあげます。

               Dr.K

]]>

”龍馬になりたい!”を読んで

脱藩は大罪で、罪は親類縁者に及びます。実際、姉の乙女は離縁もう一人の姉、お栄は自害をしています。竜馬も脱藩する時には、これと言った目的は持っていなかった、孫正義氏もこれと言った目的は無く、ただアメリカを見たかったと述べています。ただ、漠然とクリエイティブな仕事がしたい、事業家に成る夢を持っていたと述べ、これを後押したのが竜馬の脱藩だったそうです。私も高知県出身で現在は脱県をしていますが、私の脱県には志がありました。高知県は山と海に囲まれ海は綺麗ですよ。私が若かった時には、講習会といえば、東京で開かれ、交通費と講習会費が馬鹿にならず、勉強をする為に脱県をしました。                                             Dr.K]]>

”龍馬になりたい!”を読んで

孫正義   人生の転機に学んだ男の生きざま 殆どの龍馬fulwannは司馬遼太郎の(竜馬がゆく)を読んでいます。孫正義さんの場合は3回読んだと言います。最初に読んだのが、15歳の時に高校を中退し故郷の佐賀を離れ、アメリカに留学しょうと心に決めた時。運悪く父が肝臓を患い吐血をし緊急入院し、家族や親戚から「家族がこんなに苦労している時に1人でアメリカへ行くつもりか」と猛反対された時、この本のおかげで、次の様な決意をしました。大きな義をとる為には、時として人を泣かせる事があってもしょうがないじゃないか。人生の中でここぞと言う時には、大義をとらなければならない事がある。家族には、いつか恩返しができる日が来るだろう。保守的な土佐藩を見切り、脱藩した竜馬の心境だったと述べています。                                   Dr.K]]>

"龍馬になりたい!”を読んで

龍馬の写真の眼差しは明らかに、太平洋を見ており、海の向こうの世界の事を考え世界の中の日本という国を作りたかったのではないでしょうか?土佐人の私が言うのも何ですが、私も海をみて育った環境で、時間があれば、海に行き海の音(1/fのゆらぎ)を感じながら寝ているのが好きでした。龍馬とはずいぶん違いはありますが・・・                                              Dr.K]]>

”龍馬になりたい!”を読んで

中内功さん社長室には等身大の龍馬の写真を掛けていると言っています。司馬良太郎の書いた(竜馬がゆく)を読んでいます。私は、読んでも無く、単に竜馬かぶれと言った方が良いでしょう。その中で中内さんは、この文章を抜粋していました。文久3年(1863年)の年頭に、土佐藩士、山地忠七にこうといています。《おらァ、ニッポンという国をつくるつもりでいる。頼朝や秀吉や家康が、天下の英雄豪傑を屈服させて国に似たものを作った。が、国に似たものであって、国ではない。源家、豊臣家、家康家を作っただけじゃ。ニッポンはいまだかって国がなかった。》これが、龍馬の歴史認識で、土佐人の血を引く中内さんは、龍馬の等身大の写真をみながら、こう書いています。土佐人は四国山脈と太平洋に囲まれていて、山を見て育った人間と太平洋を見て育った人間では性格も違って当然だと思います。                                             Dr.K]]>

"龍馬になりたい!”を読んで

土佐人ひいきの中内功はダイエーが飛躍するきっかけと成った、大型店舗の第一号店は龍馬と勝が興した神戸海軍操練所の寮の跡地にあり、海援隊の遺志継いだ気持ちであると記している。幕末、何故龍馬だけが皆の心に残っているのでしょうか?板垣退助やジョン・万次郎も活躍していたはずですが。それは、龍馬が17歳で脱藩をし、満32歳かぞえの33歳で暗殺され、その短い時間に思想家の龍馬がいたり、商売人の龍馬がいたり、とにかく短い時間を疾風したからではないでしょうか?しかも、その根底には、皆平等、日本国を作ると言うものが有ります。                                            Dr.K]]>

坂本 龍馬

龍馬になりたい!中内 功 (主婦の店ダイエー)の1号店を大阪で開店。龍馬の事をこう語っています。龍馬はというより、土佐人は世渡り下手だが、時代の先を見ていると、龍馬は明治維新の立役者ではあったが、暗殺された為自分は、日の目を見てない。薩長同盟を結び、大政奉還を現実の物にしています。明治維新になると、薩長の中には、政府高官に成っている人物は多いが、土佐人の方はというと、殆どいません。その事について言っている物と思います。しかし、龍馬が生きていた間は、つねに時代の先を見つめていました。中内功自信も、土佐とは全く関係が無いとは言えません。父親は高知で生まれであり、祖父は高知でうまれ育っています。それから大阪に行っています。祖父の名前が、中内栄という名前で、サカエ薬局、サカエ薬品を作ったそうです。ダイエーと言う名前も大阪の大(だい)と栄(えい)を使ったものです。                                      Dr.K]]>

高濃度ビタミンC

25㌫程度ならば、アンチエイジング(若返り)となりますが、50㌫~75㌫に成るとガンの代替治療及びガン予防と成るかと思います。ただし、血液中のG6PD活性を調べる必要があると思います。G6PG活性が低いと重度の溶血発作を起こす可能性があります。ちなみに、日本人のG6PD活性異常は0.1㌫~0.5㌫との疫学的調査では報告があるみたいです。もし、歯科医院で、マイヤーズカクテル、αリポ酸プラセンター、ビタミンB群(ニンニク注射)高濃度ビタミンC点滴、低濃度ビタミンC注射が出来る様になれば皆さんどう思われますか?これで、点滴のお話は終わりです。 次回は、現在の高知県出身の坂本龍馬について少し掘り下げて書いていきます。                                              Dr.K]]>

高濃度ビタミンC

では、何故ガンの代替治療として注目されているのかを述べていきます。ビタミンCはご存じの様に、コラーゲンの成正の時に必要なこと、高度な抗酸化作用があり、-O2(活性酸素)OH-(ヒドロキシラジカル)、過酸化水素水(H2O2等の酸化物質を消去する働きを持っています。また、脂肪酸の連続酸化に対しては、ビタミンEがそれを防いでいますが酸化をされヒドロキシビタミンEに成ります。ビタミンCは酸化をされたビタミンEをもとのビタミンEに変える作用もあります。この様に色々な役目を持っているのがビタミンCです。ここで出てきた過酸化水素水ですが、普通の正常な細胞にはH2O2を分解する力があります。しかし、ガン細胞にはH2O2を分解できません。ここに目をつけたのが高濃度ビタミンC療法となるのです。                                           Dr.K]]>

高濃度ビタミンC

最後に成りますが、何故、高濃度ビタミンC代替ガン治療として研究がされているのか?特にアメリカ、カナダで行なわれています。その流れが日本にも上陸して柳澤厚生先生を中心とし、MR21という医師と歯科医師でなる研究会があります。海外で活躍をしている先生のコピーだったり、独自の点滴療法を研究しています。また、実際に海外の先生を呼び講演会などを行ない日本でも広げようと活動をしています。先日、この会の歯科医師でボードメンバーの先生の講習会に出てきました。この先生はインプラント治療を主体とし、各種、点滴療法を行なっています。まず、ガン患者を診る機械が多いと述べていました。ガンには、さほど効果は無いが、抗がん剤で起きる副作用多発性口内炎や口全体のビランができて、食事もろくに出来ない患者のQOL(クオリチー オブ ライフ)を向上できると言っておりました。つまり、口腔関連に起きるガンの副作用には効果があり食事を美味しく食べられる様には成ると言っていました。高濃度ビタミンCのメニューも沢山あります。最終的にはガンを無くする事だとおもいますが、まだ研究の余地はありそうです。                                     Dr.K]]>